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スカイハウス(名建築に学ぶ)

  • shota
  • 2020年8月18日
  • 読了時間: 6分

名建築に学ぶ

設計者:菊竹清訓

1928-2011

早稲田大学理工学部建築学科卒業

竹中工務店

森建築設計事務所

菊竹清訓建築設計事務所設立

日本におけるメタボリズム運動参画者の一人で、若い頃から「出雲大社庁の舎」などを手掛ける





スカイハウス 1958年


すごい古い写真のはずなのに、周りの車や家は時代を感じるのに、ここだけは古さを感じない。

ちょっとした違和感すら覚える言わずと知れた名建築「スカイハウス」。




周囲はガラス張りでその周りをぐるっとバルコニーが住空間を囲んでいて、中からの眺めはとても壮観である。


現在は当時の姿からは多少増築されているものの、現在もほとんどその姿をとどめたまま、菊竹清訓設計事務所の手前に現存している。







当時の住宅では画期的なシェル構造、ワッフルスラブ、キャンティ、ピロティと建築のトレンドを詰め込んだ上にデザイン性に富んだ外観で、設備はムーブネットと呼ばれる、取り替え可能な設備ユニットが設けられ、メンテナンス性も考えられた名建築。


建築の設計をしていると、「変化にどう対応するか」という問いに必ずぶつかる。家族構成は変わる。働き方は変わる。10年後の暮らしを完璧に予測することは誰にもできない。

この問いに、1958年という時点で、しかも自邸という最も自由度の高い条件下で、極めて明快な答えを出した建築家がいる。菊竹清訓と、その自邸〈スカイハウス〉だ。竣工から60年以上を経て国の重要文化財にも指定されたこの住宅を、今回は意匠の解説ではなく、一設計者として「自分がこの設計をどう判断したか」という視点で読み解いてみたい。


構成そのものが「思想の説明図」になっている

スカイハウスの構成は驚くほど単純だ。一辺10mほどの正方形プランを、4枚の壁柱だけで地上5mに持ち上げる。中心に7.2m角の居間を置き、その四周を回廊状の廊下が囲む。間仕切りはない。屋根は4枚のHPシェル(双曲放物面シェル)を組み合わせ、柱のない大空間を実現している。

設計者として見ると、この構成の凄みは「説明がいらない」ことにある。普通、建築の思想は図面の余白や文章で補足しないと伝わらない。しかしスカイハウスは、立体そのものが思想を語っている。4本の壁柱は「構造として変わらない部分」を体現し、その上に乗る空間は「これから変わっていく部分」を受け止める器として設計されている。構造と生活が、平面図上で明確に分離されているのだ。

これは単なる構造表現の妙ではない。何を固定し、何を可変にするかという設計者自身の判断そのものを、空間構成として開示している。クライアントへの説明資料を何十枚も作るより、この建物に一度足を踏み入れれば思想が伝わってしまう。設計事務所として「資料で説明する前に、空間そのものに語らせる」ことの強さを思い知らされる作品だ。



「ムーブネット」という割り切りの潔さ

菊竹氏はこの住宅で、空間を「空間装置」と「生活装置」に分けて捉えた。居間・食堂・寝室となる中心部分が空間装置、キッチンや浴室などの設備部分が生活装置で、この生活装置こそが「ムーブネット」と呼ばれる、更新・交換が可能な仕掛けである。実際に子供部屋は、居住階から吊り下げるような形で増築された「個室ムーブネット」として実現している。

実務をやっていると、「将来の可変性に対応する」という要望は驚くほど頻繁に出てくる。そして、その対応の多くは「広めに作って後でなんとかする」という曖昧な解決に流れがちだ。可変性という言葉が、設計判断を先延ばしにする免罪符として使われてしまう。

スカイハウスのムーブネットが優れているのは、可変性を曖昧にせず、むしろ「どこまでが変わらない構造で、どこからが取り替え可能な設備か」という線を、最初の段階で恐ろしく明確に引いてしまったことだ。躯体は半永久的に持たせる前提で重厚に作り、設備や個室は最初から「いつか交換される」前提で軽く作る。可変性への対応とは、すべてを曖昧にフレキシブルにすることではなく、「変えない部分を先に決め切ること」なのだというのが、この住宅から得られる最大の教訓だと思う。

設計事務所としての立場で言えば、これは住宅だけでなくオフィスや店舗の設計でも常に効いてくる発想だ。可動間仕切りを増やすことだけが可変性ではない。構造体・設備配管・ファサードという「動かしにくいもの」をどこに置くかを先に決めることが、結果的に何十年先の使い勝手を左右する。



30歳の建築家が「自邸」で取った賭け

菊竹氏がこの住宅を完成させたのは弱冠30歳のときだ。自邸という条件は、クライアントを説得する必要がない代わりに、自分自身の判断の甘さがそのまま住み心地に表れてしまう、ある意味で最も厳しい設計条件でもある。

設計事務所の実務では、クライアントの要望と予算という制約の中で、思想を100%形にできることは稀だ。だからこそ、自邸という制約の少ない条件で「自分が本当に正しいと思う構成」を実験的に試すことには、独特の価値がある。スカイハウスはメタボリズム運動の出発点と位置づけられているが、それは菊竹がこの自邸で「新陳代謝する建築」という抽象的な理念を、実際に住みながら検証してみせたからだろう。理論を先に立てて建物に当てはめたのではなく、自分の暮らしの中で理論を試し、その結果として後の運動に繋がっていったという順序に、強い説得力がある。

ここで興味深いのは、この住宅が「最初から完成形ではなかった」という事実だ。当初ピロティだった居住階の下部は後に塞がれ、子供部屋は増築され、家族構成の変化に合わせて住宅自体が30年近くかけて変化し続けた。これは設計者にとって、ある種の覚悟を必要とする態度だと思う。竣工時の写真がもっとも美しい状態で、それ以降は「劣化」していくと捉えるのが一般的な建築観だとすれば、菊竹氏は逆に「変化していくこと自体」を設計の成功条件として組み込んでいた。竣工時の姿に固執しない強さが、この住宅の思想を裏付けている。


今、設計事務所としてこの住宅から何を引き出すか

スカイハウスをそのまま模倣することに意味はない。HPシェルの屋根も壁柱で持ち上げる構成も、当時の技術的・社会的文脈の中で選ばれた解であって、現代の住宅に同じ形式を当てはめることが正解だとは思わない。

それでも、設計の judgment(判断軸)としては今も全く古びていない。

  • 構造と生活を分けて考え、「変わらない部分」を先に決め切る

  • 可変性を曖昧な余白ではなく、明確な仕組み(取り替え可能なユニット)として設計する

  • 完成時の美しさだけでなく、住まい手が変化を加えていった後の姿まで見据えて設計する

これらは、木造住宅であれ、店舗のスケルトン・インフィルであれ、オフィスのレイアウト変更であれ、形式を問わず効いてくる考え方だ。スカイハウスが今なお多くの建築家に影響を与え続けている理由は、おそらく形式の新しさではなく、この判断軸の強さにある。

設計とは、結局「何を固定し、何を委ねるか」を決める仕事だ。スカイハウスは、その問いに対する一つの極端で誠実な答えとして、今も建築を学ぶ者の前に立ち続けている。



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K

aisho

Architects & Engineers,Inc.

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